2026年、世界のエンターテインメント業界は、まるで「ハリー・ポッター」と「イカゲーム」が同じ教室で席取りバトルをしているかのような、前代未聞の大再編期に突入しています。
そんな中で飛び込んできたのが、Netflixによるワーナー・ブラザース・ディスカバリー(以下、WBD)の買収ニュースです。報道では早くも「競争法違反では?」「独占にならないのか?」と大騒ぎ。
(画像はReuters電子版12月8日記事のタイトル部分)
今回は、このNetflixによるWBD買収の“本当の狙い”を、法律の物語として、探ってみましょう。
エンタメ界の「アベンジャーズ結集」は独占か、それとも健全な競争か
2025年12月、NetflixはWBDの映画・テレビスタジオ部門、HBO Max、HBOなどを、総額約827億ドル(2025年時点で約12兆円)で買収することで合意しました。この取引の特徴は、WBDのグローバルネットワーク部門(Discovery Global)を切り離したうえで、Netflixが「スタジオ+ストリーミング」事業を丸ごと手に入れる点にあります。
この合意が実現すれば、「カサブランカ」「ハリー・ポッター」「ゲーム・オブ・スローンズ」といった伝説級コンテンツが、「イカゲーム」「ストレンジャー・シングス」と同じ棚に並ぶことになります。
まさにエンタメ界の“アベンジャーズ結集”です。
Netflix共同CEOのテッド・サランドス氏は「世界中の視聴者に、より多くの“好き”を届けられる」と語り、WBDのザスラフCEOも「100年にわたる物語の力を次世代へつなぐ」とコメント。両社ともに「ストーリーテリングの未来」を前面に押し出しています。さらに2026年1月、この買収は当初の「現金+株式」から「全額現金」取引へと修正され、株価変動リスクや評価のややこしさが解消されました。
ところが、ハリウッドの物語はここで終わりません。2025年12月、パラマウント・スカイダンス(以下、パラマウント)が、WBD全体を対象に総額1084億ドル(2025年時点で約17兆円)という“全額現金”の敵対的買収提案を発表。まさに買収合戦、エンタメ業界版ロイヤルランブルの様相です。
当然、この超大型ディールに規制当局も黙ってはいません。米国では司法省が「市場支配力の強化」「消費者の選択肢減少」「価格上昇リスク」を理由に厳しい審査姿勢を示しています。EUでも欧州委員会が「ストリーミング市場の寡占化」や「コンテンツ多様性の低下」を懸念し、正式調査を開始しました。日本の公正取引委員会も、国内外の競争環境への影響を注視しています。
ここで争点となるのが、企業と企業の結合において競争法上の重要な概念となる「市場範囲の画定」です。
Netflixは「YouTube、TikTok、ゲームも含めれば、エンタメ市場は超競争的だ」と主張します。一方、競争当局は「SVOD(定額制動画配信)市場」に限定すれば、「Netflix+HBO
Maxでシェア50%超」と見て、警戒を強めています。
この“市場を広く見るか、狭く見るか”というバトルは、AT&Tとタイムワーナーの合併や、AmazonによるMGM買収でも繰り返されてきました。企業はいつも「ライバルはたくさんいる」と市場を広く捉えようとし、競争当局は市場範囲を限定して「消費者の選択肢は減る」と指摘する。競争法の世界では、もはやお約束の展開です。
さらに問題となるのが、Netflixによる「垂直統合」です。
制作(スタジオ)と配信(プラットフォーム)を一体化した「垂直統合型メガスタジオ」が誕生すれば、自社コンテンツの独占配信、ライセンス制限、価格交渉力の強化など、いわゆる「ゲートキーパー」的地位を得る可能性があります。
特にEUのデジタル市場法(DMA)では、こうしたゲートキーパーに対し、自己優遇の禁止やデータ共有義務など厳しい規制が課されるため、Netflixが新たな規制対象になる可能性も指摘されています。
ワーナー買収の本当の狙いはIPにある?
さて、ここからが本コラムの核心です。
競争法の議論がこれほど白熱する一方で、Netflixの本当の狙いは「作品数を増やすこと」だけなのでしょうか。答えは、おそらく「ノー」です。Netflixが最も欲しているのは、WBDが持つ“巨大な著作権ライブラリ”、すなわち知的財産(IP)です。WBDのスタジオ&ストリーミング部門には、例えば次のようなIP資産が含まれます。
映画:ハリー・ポッター、ロード・オブ・ザ・リング、DCユニバース、カサブランカ
テレビ:フレンズ、ビッグバン★セオリー、ゲーム・オブ・スローンズ
アニメ:ルーニー・テューンズ、カートゥーンネットワーク
ゲーム:ロックステディ、ネザーレルム
出版:DCコミックス、MADマガジン
これらは単なる「名作の山」ではありません。著作権法上、映画やドラマの二次的著作物、スピンオフ、リメイク、さらには作品の“並べ方”そのもの(編集著作物:例えば作品ラインナップや特集ページ)にも権利が認められます。
そして、このIP戦略に決定的な意味を与えるのが、生成AIです。
ChatGPTやSoraに代表される生成AIは、大量かつ高品質なデータを学習することで進化します。そこで最も価値が高いのが、権利処理済みの巨大著作権ライブラリです。
理由はシンプルです。
量と質、権利クリアランス、そして既存キャラクターや世界観を「プロンプト」として使える点。自社IPであれば、著作権侵害リスクを恐れず、AIに思う存分“勉強”させることができます。
実際、Netflixは2025年のSFドラマ『The Eternaut』で生成AIをVFX制作に本格導入しました。従来なら巨額の予算が必要だった映像を、AI活用で「10分の1の時間とコスト」で実現。サランドスCEOも「AIはクリエイターの仕事を奪う存在ではなく、能力を拡張するパートナーだ」と語っています。
こうして見ると、NetflixによるWBD買収は、単なる競争法のケーススタディではありません。それは、著作権+AI+競争法が交差する、21世紀型知的財産戦略の最前線なのです。
あなたが今日学んでいる競争法や著作権法は、決して六法全書の中だけにあるものではありません。
次にNetflixで再生ボタンを押すとき、そこには「市場」「支配力」「IP」「AI」という、静かな法的バトルが流れているかもしれないのです。
さて、あなたなら、この買収をどう評価しますか?
エンタメの未来を左右するのは、物語だけでなく、それを支える〈競争〉と〈知財〉のルールなのですから。