強い権利は“正義の味方”…のはずが?
知的財産権というと、「正当な権利を守るための強い味方」というイメージを持つ人も多いでしょう。実際、特許や商標などの権利者は、自分の知的財産を独占的に利用できるだけでなく、ルールを守らない相手に対して警告や訴訟を行うこともできます。
もっとも――
その“強い権利”、使い方を誤るとどうなるのでしょうか。
中には、権利者という立場を盾にして、行き過ぎた形で権利を主張するケースも存在します。たとえば、事実とは異なる内容をあたかも真実であるかのように伝えたり、誇張した情報を広めたりして、競争関係にある相手の信用を貶めるような言動です。
例えるなら、ルールブックを片手にした“いじめっ子のパワハラ”。
しかも、ルールの解釈がだいぶ自由です。
「そこまでやるの?」と思った方もいるかもしれません。
しかし、実際にそのような出来事が起きています。
「Amazonで起きた「疑いだけでアウト」事件
今回はこのことを競争秩序と知的財産の観点から一緒に考えてみましょう。
最近、このような事件がありました。
Amazonで「いつでもどこでも簡単トイレ」という商品を販売する会社(のちに被告)は、「Qbitいつでも簡単トイレ」というシリーズの類似商品が売れていくことを快く思わなかったようです。そこで、Amazonに対して、「Qbitいつでも簡単トイレ」を販売するファンデクセル社が自社の商標を侵害しているとする誇張された申告を繰り返しました。
(ファンデクセル社商品のパッケージ画像)
その結果、「Qbitいつでも簡単トイレ」は他社商標を侵害した疑いのある商品と見なされ、Amazonから複数の商品が出品停止となってしまいました。
不当な扱いを受けて信用を貶められたファンデクセル社は、Amazonに対して、事実無根であることの説明を重ね、出品再開を求めましたが、聞き入れてもらえませんでした。Amazonも民間のプラットフォームであるため、権利侵害のリスクを回避しようとする慎重な判断が働いた可能性があります。
ある日突然、「虚偽の告げ口」のために自社の商品が販売できなくなる――。
このような状況に置かれた会社の立場を想像すると、理不尽さを感じずにはいられません。
「信用を貶める行為」は不正競争になる
そこで、ファンデクセル社は憤慨のすえ、自社の信用を貶める被告に対し、「商標権を侵害する旨を告知し、又は流布する行為」の差止めや損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に提起しました。
このときに原告が用いたのが、不正競争防止法2条1項(いわゆる営業誹謗行為に関する規定)です。
これは、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争として禁止するものです。
分かりやすく言えば、うその情報でライバルの信用を貶める行為は違法だ、ということです。
企業にとって「信用」は非常に重要な財産です。
長い時間をかけて築かれる一方で、失われるときは一瞬です。
そのため、虚偽の情報によって競争相手を排除しようとする行為は、競争のルールに反するとして規制されています。
裁判所の判断:「ちゃんと調べてから言いなさい」
裁判において、裁判所は両者の商標を丁寧に比較検討し、「原告標章1ないし同10の『Qbit』又は『Qbit』と丸い絵柄部分と被告標章の赤ちゃん様の絵柄部分とを比較すると、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似しない(双方の標章の文字部分と上記図柄の組合せを全体として観察しても同様である。)」と判断しました。
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| 原告登録商標 | 被告登録商標 |
また、「いつでも」「簡単」「トイレ」といった部分については、商品の特徴を示す一般的な言葉にすぎず、特定の出所を示す機能を有しないとして、商標権の効力は及ばないとされました。
その結果、商標権侵害は認められませんでした。
それだけではありません。
裁判所は、被告について「権利侵害の有無を十分に調査・検討すべき注意義務がある」にもかかわらず、それを尽くしていなかったとして過失を認定しました。つまり、「知らなかった」「そんなつもりはなかった」という言い訳は通用しないということです。
そして最終的に、「虚偽の告知」という不正競争行為の成立を認めたのです(大阪地裁令和6年3月18日)。
わかりやすく言えば、「いい加減な告げ口で他人の信用を貶めてはいけません」という裁判所からのメッセージです。
権利行使の“仮面”をかぶったパワハラはNG
競争関係にある他人の信用を貶める行為であるかどうかについては、これまでの判例でも次のように示されています。
「告知行為が、特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも、……権利行使に名を借りているとはいえ、その実質が、むしろ,競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであると認められる場合には、当該告知の内容が結果的に虚偽であれば、もはやこれを正当行為と認めることができないことは明らかである」(東京高裁平成14年8月29日)。
このように、パワハラのように相手の信用を貶める虚偽の告知や流布は、たとえ権利者であっても、正当な権利行使とは認められません。
強い権利ほど、使い方に注意
知的財産権は、本来、イノベーションや公正な競争を支えるための制度です。
しかし、その使い方を誤れば、かえって競争秩序を乱す原因にもなります。
権利を持つことと、それをどう使うかは別の問題です。
強い権利であるからこそ、パワハラにならないよう慎重な判断が求められます。
知的財産権はビジネスを守るための強力な武器です。
ただし、それはブーメランのようなものです。
パワハラのように振り回してしまえば――
弧を描いて、自分のもとへ戻ってきます。
しかも、忘れた頃に。
権利行使は冷静に。
そして、フェアに、節度をもって。

